2019年6月25日 更新

ビューティフル!! イスゞの流麗な117クーペ!まさに語り草の美しさでした!

今ではもう乗用車の生産をしていない「いすゞ」ですが、その昔、非常に美しいクーペを作っていたのです!

ビューティフル!! イスゞの流麗な117クーペ!まさに語り草の美しさでした!

いすゞ117クーペの登場

いすゞの広告

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1960年代には国産車においてもいろいろなスポーツカーが登場するようになりました。特に、トヨタ、日産、マツダが積極的だったのですが、いすゞ自動車も満を持して美しい高性能クーペを登場させました。それが「いすゞ 117クーペ」です。

今見てもほれぼれするようなデザインですが、これはイタリア・カーデザイナーの巨匠 ジウジアーロ氏がギア所属時代にデザインを担当しています。

世界的にも名車と呼んでも差し支えないと思いますが、当時のデザインレベルからは次元が突出したような美しさで、まさに憧れのスポーティなクーペでした。

無駄な部分を最大限に取り除き、流れるようなラインを生み出すこの上なくエレガントなデザインは、製造においても機械化が困難だったようで、その工程の多くは手作業で行われたのです。非常に高価だったのですが、これは致し方ないところで、その分、憧れ度という点でも際立っていました。ちなみに、当時のイタリア国際デザイン・ビエンナーレで名誉大賞を受賞しています。

そんな事から今だに世界中の根強いファンから支持される車となっているのです。車名の由来ですが、フローリアンのクーペ版として117サルーンのコードネームで開発されていたからです。

3度のマイナーチェンジ

デビュー時の117クーペ

デビュー時の117クーペ

いすゞ117クーペは3回マイナーチェンジが行なわれており、前期型・中期型・後期型に分けることができます。

前期型

前期型

前期型

いすゞ117クーペの前期型とは1968年~1972年のモデルで、「ハンドメイド・モデル」と通称される少量限定生産車でした。原型となったのは「ギア/いすゞ117スポルト」というプロトタイプで、1966年3月のジュネーヴ・モーターショーで発表されています。

これの生産化に向けては、ジウジアーロ自身の手でリデザインが行なわれ、オリジナルの美しさをできる限り重視して変更が加えられたそうです。しかし細いピラーなどは、当時の製造技術では手作業でないと不可能な難しさがあり、全ての外板をプレス機で生産することはできなかったのです。従って、大まかなラインプレスで出し、そこからパネルのトリミング、穴あけ工程などを手作業でやっています。

こうして117クーペはようやく市販化にこぎつけることになりました。

こうしたハンドメイドの小規模生産のため、当時としては非常に高価な172万円という販売価格になり、月産台数も50台以下程度に限定されました。ただ逆にこうした希少性が117クーペの名声をもっと高めることにつながったわけでもあります。

ちなみに117クーペは、発売開始以来10年間において1台も廃車が出なかったという業界記録を持っているそうです。希少性の高さが伝わってきます。

エンジンはいすゞ初の量産型DOHC1.6Lでグロス120PSを誇っています。トランスミッションは、デビュー時には4速MTでした。電子制御燃料噴射装置(ボッシュ製)は1970年11月に搭載モデルが登場、1.8LのツインキャブレターSOHCも追加されます。電子制御インジェクションは日本では初装備です。

サスペンションは当時のセダンであるフローリアンと共通で、前輪:コイルスプリング+ダブルウィッシュボーン、後輪:リーフスプリング+リジッドという形式です。

中期型

中期型

中期型

中期型は1973年~1976年のモデルです。ハンドメイドボディから量産型に変わったのが中期型の大きなポイントです。

いすゞは1971年にアメリカのGMと提携しており、乗用車事業の再検討を迫られていました。117クーペについては、GMの資金と技術供与によって、機械プレス成型が可能になり、1973年3月から量産タイプとして生産されることになったのです。

エンジンは無鉛ガソリン対応の1.8Lエンジンに統一されました。

本格的量産体制とコストダウンに伴って、細かい部分の仕上げやメッキ品質などが一般レベルに落とされましたが、全体のフォルムは前期の車両と大差はありません。いいイメージは充分に保たれています。

細部のデザインで大きな変更点は、
・フロントウインカーランプがバンパー上から下に移動された
・リアコンビランプが小型(イタリア風)からアメリカ風の横長タイプに変更された
・ホイール径が14インチから13インチに変更された
などです。

価格的にもこなれたので、結果として販売台数はかなり伸びることになりました。つまり、街でもよく見かけるようになったのです。

後期型

後期型

後期型

後期型は1977年~1981年のモデルです。

ヘッドランプが角形4灯に変更されたのがデザインでの大きな変更部分で、更に小型チンスポイラーも装着されました。前後のバンパーの角はラバーで被われ、各部ガーニッシュもブラックアウトされた関係で前期型とは結構違うイメージになってきたようにも思えます。言ってみればこの時代の仕様に併せてきたわけですが、当初の独特な雰囲気はちょっと減ってしまったという感想です。

エンジンは当時の排出ガス規制によるパワー低下を補うために排気量が2.0Lに拡大されました。

さて、いすゞ 117クーペは1981年で生産が終了するのですが、それは後継車としてのピアッツァが登場したからです。1960年代に登場した美しいクーペも近代的なピアッツァにバトンタッチしたわけですが、ピアッツァもジウジアーロが手掛けた3ドアのクーペボディで非常に個性的です。

永遠に残るクーペの名車

クーペの名車

クーペの名車

いすゞが多くの技術的困難を乗り越えて市販化にこぎ着けた117クーペ。ギア時代のジウジアーロがデザインした卓越したセンスは、現代においてもけっして色あせることはありません。現在でも愛好家がたくさんいらっしゃいます。いつまでも大切に乗ってもらいたいと心から願います。
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