アメリカの自動車メーカーが日本で売ろうとして失敗したクルマたち

最近、トランプ大統領がアメリカで日本車ばかり売れることに対して文句をつけています。言われてみれば、日本ではあまりアメ車を見ることはありません。アメ車は大柄なクルマが多いので、日本の道路が「非関税障壁」となり、敬遠されているのではないかと思います。一応、過去には(アメ車の中では)コンパクトなクルマを日本で売ろうという動きがありましたが、どれもこれも悉く失敗に終わっています。どんなクルマを売ろうとしていたのか見てみましょう。

クライスラーネオン

クライスラー・ネオン - Wikipedia (51634)

見た目はキュートなこのクルマは、1994年に発表され、1996年に日本でも発売されました。 1,996ccのSOHC4気筒エンジンを搭載し、最高出力は134ps/6,000rpm、最大トルクは17.8kgf-m/5,000rpm、車体重量は1,190kgで10.15モード燃費は11.8km/lと、突っ込みどころが渋滞を起こしているスペックを誇り、3ATと5MTが選べました。 当時のマスコミはこぞって「日本車キラー」とはやし立てましたが、見えない部分の塗装が省略されていたり、後席のパワーウインドウも無かったりと、クオリティの面では日本車に大きく後れを取っていたようです。 発売当初、最低グレードの車両本体価格が130万円以下だったそうですが、正直な所このクルマを選ぶ理由が分かりません。 趣味性が強いわけでもなく、クルマ好きなら違う意味で二度見してしまう動力性能、特筆すべきところのないスタイリングなど、良い点を見つけることができません。同じ金額を出すなら、当時の中古のカローラを買った方がよほどマシです。 1999年にはモデルチェンジが行われ、2代目にバトンタッチしました。 ダイムラーと合併したことによりメルセデスの評価基準が取り入れられ、ボディーやサスペンションの剛性が向上しハンドリングや安定性が改善されましたが、その分値段に跳ね返りました。 上級グレードのみが輸入されましたが、お値段は215万円。ただしトランスミッションは3ATのみ。 本当に日本で売る気があったんでしょうか。 繰り返すようですが、車格が同じアコードやカムリ、レガシィを避け、このクルマを選ぶ理由が今一つ分かりません。 当然売れず、2年弱で販売を終了してしまいました。

シボレーキャバリエ

シボレー・キャバリエ - Wikipedia (51636)

このクルマは「大人の事情」に翻弄された、なんとも可哀そうなクルマだったといえるでしょう。 アメリカで日本車の人気が上昇し貿易摩擦問題が白熱した1996年、このクルマはなんとトヨタのバッジをつけ、トヨタから発売されました。 3代目シボレーキャバリエをベースに、右ハンドル化やウインカーレバーの右側移設、足回りの変更を行い、ゼネラルモータースからOEM供給を受ける形で販売されていました。 CMには所ジョージを起用したり、やりすぎな位の低価格戦略(2.4Lの3ナンバー車なのに200万円以下)を展開したりと話題になりましたが、案の定売れませんでした。 セダンとクーペの設定がありましたが、同クラスのセダンはカリーナEDやカムリ、ビスタがあり、同クラスのクーペにはセリカ、カレン、MR2があり、低価格といえども割り込むすき間がもうなかったのが原因でしょう。 5年間販売を続ける予定でしたが、あまりにも売れないため2000年には販売を終了してしまいました。

売れなかった理由とは

Mistake Error Question Mark · Free photo on Pixabay (51637)

これらのクルマが売れなかった理由は、完全に消費者のニーズを外していたという事でしょう。 いくら本体価格が安くても、2,000cc超のクルマは日本では持て余し気味です。クルマ好きならいざ知らず、カムリやビスタを選ぶ人がキャバリエを選ぶ理由があるでしょうか。 「安けりゃ売れるだろ」という考えで日本に持ち込んだのかも知れませんが、日本人の感性には当てはまらなかったという事です。 また、ドイツ車は嗜好品の枠を超えて実用品になることが出来ましたが、アメ車は嗜好品の枠を超える事が出来ませんでした。 アストロやカプリスなどのフルサイズのアメ車は流行が終わると姿を消してしまいましたが、BMWやフォルクスワーゲン、メルセデスは今も街中でよく見かけます。 やはり、何事においてもローカライズは大事なの だという事ですね。

まとめ

Car Continental Automobile · Free photo on Pixabay (51638)

日本で売れなかったアメ車について考察してみたところ、売れない理由がなんとなく浮かんできました。 おそらくビッグ3と呼ばれるメーカーは、日本において本気でクルマを売る気が無かったのでしょう。 日本は小さい国ですが世界的に有名なメーカーがいくつもあるため新規参入のハードルは高く、また右ハンドル仕様を作るためには余計なコストが掛かります。 そのようなリスクを背負って日本でクルマを売るよりも、アメリカ国内や周辺国でのシェアを高めた方が手っ取り早く儲かるのではないのでしょうか。 貿易摩擦の分かりやすい標的として自動車が選ばれただけで、当時のアメリカは日本を叩ければ何でもよかったのでは…と邪推してしまいます。 アメリカは自由の国と言いますが、国民が自由にクルマを選んだ結果がこれなのですから、トランプ大統領もその辺をよく考えてみればおのずと答えが出てくると思うのですが…
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