新車の注文書にサインしたあとで気が変わったとき、確かめることは2つです。ひとつはクーリング・オフが使えるか、もうひとつは契約がもう成立しているかです。先に答えを書くと、前者は使えません。販売店の店頭で結んだ新車の売買契約はもちろん、自宅へ来た営業担当と結んだ契約でも、自動車は法律の側で対象から外されています。
ただし、これは「一度サインしたら何があっても取り消せない」という意味ではありません。クーリング・オフは理由も費用も要らずに白紙へ戻せるという強い制度で、それが無いことと、話し合って解約できないことは別の話です。解約できるかどうか、できるとして何を請求されるのかは、注文書の裏に印刷された約款と、消費者契約法の条文で決まります。
この記事では、自動車がクーリング・オフの対象から外れている理由を条文でたどり、引き返せなくなる境目がどこにあるのかを確かめ、解約金にどんな上限がかかっているのかまで見ます。販売店ごとに異なる約款の中身そのものは示せませんが、どこを読めばよいかと、何を根拠に説明を求められるかは持ち帰れます。
クーリング・オフは、どの取引のための制度か
クーリング・オフという言葉は広く使われていますが、あらゆる買い物に付いている制度ではありません。特定商取引に関する法律が、取引の形ごとに個別に定めているものです。
新車の購入で関係するのは訪問販売の規定です。同法第2条第1項は訪問販売を、販売業者が営業所等以外の場所において、売買契約の申込みを受け、若しくは売買契約を締結して行う商品の販売などと定義しています。起点になっているのは「どこで」であって、「何を」ではありません。
そのうえで同法第9条第1項は、申込者等は書面又は電磁的記録により申込みの撤回又は契約の解除を行うことができるとし、ただし第5条第1項又は第2項の書面を受領した日から起算して8日を経過した場合はこの限りでないとしています。よく聞く「8日間」はここから来ています。さらに同条は、申込みの撤回等があった場合、販売業者はその撤回等に伴う損害賠償又は違約金の支払を請求することができないと定めています。理由を説明する必要も、費用を負担する必要もない。これがクーリング・オフの強さです。
どこまでが訪問販売に当たるかは、玄関先だけの話ではありません。消費者庁の特定商取引法ガイドは、営業所で契約を締結した場合でも、路上で消費者を呼び止めて営業所に同行させた場合や、電話やSNSで販売目的を明示せずに呼び出した場合は訪問販売に該当するとしています。キャッチセールスやアポイントメントセールスと呼ばれる形が、これに当たります。
逆にいえば、自分で調べて販売店へ出向き、展示車を見てから商談に入った、という通常の新車購入は、この定義の入口に立っていません。店頭での契約は、そもそも訪問販売ではないわけです。
自動車は、訪問販売に当たっても第9条の対象から外れる
ここからが本題です。仮に自宅へ来た営業担当と契約したとしても、自動車にはクーリング・オフがありません。法律が名指しで外しているからです。
特定商取引に関する法律第26条第4項の柱書は、第9条及び第24条の規定は、次の販売又は役務の提供で訪問販売又は電話勧誘販売に該当するものについては、適用しないと定めています。そして第1号が挙げているのが、その販売条件又は役務の提供条件についての交渉が、販売業者と購入者との間で相当の期間にわたり行われることが通常の取引の態様である商品又は役務として政令で定めるものです。
その政令が、特定商取引に関する法律施行令第14条です。同条は、法第26条第4項第1号の政令で定める商品は自動車(二輪のものを除く。)とし、同号の政令で定める役務は自動車の貸与(貸与を受ける者が道路運送法第80条第1項ただし書の自家用自動車の使用者として当該自動車を使用する場合に限る)とする、と定めています。
つまり、乗用車の売買は、訪問販売の形であっても第9条の外に置かれています。二輪車は施行令の括弧書きで除かれているため、同じ扱いにはなりません。
注目したいのは、除外の理由が条文に書かれていることです。第26条第4項第1号がいうのは「交渉が相当の期間にわたり行われることが通常の取引の態様である商品」でした。値引きや装備、下取りの条件を何度も往復して決めていく買い物だから、という整理です。時間をかけて条件を詰められることと、あとから無条件で白紙に戻せないことは、同じ前提から出てきています。交渉の余地があるぶん、サインの重さも増す、と読むのが素直でしょう。
条文の対応を1つの表にすると、次のようになります。
| 確かめたいこと | 法令 | 条文 | 記事で確認した内容 |
|---|---|---|---|
| どの取引が対象か | 特定商取引に関する法律 | 第2条第1項 | 訪問販売を、営業所等以外の場所で申込みを受け又は締結して行う販売などと定義 |
| 撤回できる期間 | 特定商取引に関する法律 | 第9条第1項 | 第5条第1項又は第2項の書面を受領した日から起算して8日を経過した場合は撤回できない |
| 撤回したときの負担 | 特定商取引に関する法律 | 第9条 | 販売業者は撤回等に伴う損害賠償又は違約金の支払を請求することができない |
| 自動車が外れる根拠 | 特定商取引に関する法律 | 第26条第4項第1号 | 第9条及び第24条は、政令で定める商品の訪問販売・電話勧誘販売には適用しない |
| 政令の指定 | 特定商取引に関する法律施行令 | 第14条 | 政令で定める商品は自動車(二輪のものを除く。) |
| 解約金の上限 | 消費者契約法 | 第9条第1項第1号 | 平均的な損害の額を超える部分は無効 |
| 説明を求める根拠 | 消費者契約法 | 第9条第2項 | 説明を求められたときは算定の根拠の概要を説明するよう努めなければならない |
ローンを組んだ場合は、別の条文がある
代金をローンで払う場合、売買契約とは別に、信販会社などとのクレジット契約が結ばれます。こちらは割賦販売法の世界です。
同法第35条の3の10第1項は、各号に掲げる場合において申込者等は書面により申込みの撤回等を行うことができるとし、ただし書面を受領した日から起算して8日を経過したときはこの限りでないとしています。各号が指しているのは、営業所等以外の場所で申込みを受けた場合、営業所等で特定顧客から申込みを受けた場合、電話勧誘顧客から郵便等により申込みを受けた場合などです。同条は、これらの規定に反する特約であって申込者等に不利なものは無効とするとも定めています。
一方で、同法の適用除外を定めた第35条の3の60に並んでいるのは、営業のために若しくは営業として締結する場合、本邦外にある者に対する場合、国又は地方公共団体が行う場合、不動産の販売契約などで、自動車を名指しで外す記載は今回確認した範囲では見当たりませんでした。
もっとも、条文の各号が並べているのはいずれも訪問販売や電話勧誘販売に当たる場面です。自分から販売店へ出向いて申し込んだ通常の購入は、どの号にも当てはまりません。撤回した場合に売買契約側がどうなるかは同じ条文の別の項が扱っていますが、この記事で確認したのは第1項の範囲までです。ローンそのものの仕組みは自動車ローンの金利と総支払額で整理しています。
引き返せなくなる境目は、日数ではなく「契約の成立時期」
では何が分かれ目なのか。自動車公正取引協議会は、新車を買う人向けのマニュアルで約款を「契約をする際の、あなたと販売店との間で交わす約束事」と説明したうえで、特に注意すべき点として契約の成立時期とキャンセル料の2つを挙げています。成立時期は現金一括で購入する場合とローンを利用する場合とで異なるとされ、支払いが困難になった場合のキャンセルについて相談が多いことにも触れて、注文書の裏の契約条項で必ず確認するよう促しています。
ここが、この記事でいちばん持ち帰ってほしいところです。新車の売買では、法律が一律に決めた猶予日数がない代わりに、約款が決めた一点が境目になります。その一点は販売店ごとに違うので、当サイトから「契約後◯日までなら大丈夫」と書くことはできません。手元の注文書を読むしかありません。
同協議会は、注文書を作るときの実務についても具体的に書いています。見積書の内容と注文内容を照らし合わせて正確に記入されているかを確かめること、署名・捺印の前にいったん家へ持ち帰って最終チェックを行うこと、手続きが終わったら控えを受け取ること。商談の段階についても、複数の車種やグレードを考えているならそれぞれの見積りを出してもらうこと、見積りを家に持ち帰って一息ついてからもう1度見直すことを勧めています。
「家に持ち帰る」という助言は、気休めではありません。8日間の再考期間が制度として用意されていない以上、再考の時間は自分で作るしかないからです。この記事の前半で見た除外の理由に照らせば、交渉に相当の期間をかけるのが通常とされている商品なのですから、1日置いて読み返すことはむしろ想定された振る舞いだといえます。
引用したマニュアルのページは、次のとおりです。
なお、自動車公正取引協議会の規約は業界の自主的なルールですが、同協議会は、これが不当景品類及び不当表示防止法第31条に基づき消費者庁・公正取引委員会から認定を受けたルールであると説明しています。店頭での価格表示や広告の作り方は、この規約に沿って行われています。
解約金は、書いてあれば何でも通るわけではない
約款に解約の条項があるとして、その額に歯止めはあるのか。あります。消費者契約法第9条です。
同法第9条第1項第1号は、消費者契約の解除に伴う損害賠償の額を予定し、又は違約金を定める条項であって、これらを合算した額が、当該条項において設定された解除の事由、時期等の区分に応じ、当該消費者契約と同種の消費者契約の解除に伴い当該事業者に生ずべき平均的な損害の額を超えるものについて、当該超える部分を無効としています。条項ごと消えるのではなく、超えた部分だけが落ちる形です。
第1項第2号は支払が遅れた場合の話で、未払額に対し、支払期日の翌日から支払日までの日数に応じて年14.6パーセントの割合を乗じて計算した額を超える部分を無効としています。
そして第2項が実務で効きます。事業者は、解除に伴う損害賠償の額を予定し、又は違約金を定める条項に基づいて支払を請求する場合において、消費者から説明を求められたときは、損害賠償の額の予定又は違約金の算定の根拠の概要を説明するよう努めなければならないと定められています。請求書の金額を黙って受け取る必要はない、ということです。
ここでも、金額の目安は書けません。「平均的な損害の額」は同種の契約について、解除の事由や時期の区分に応じて判断されるものなので、車種にも時期にも販売店にもよります。当サイトが確認できるのは、上限の決め方が条文にあるという事実までです。実際の額が妥当かどうかは、第2項を根拠に算定の根拠の概要を説明してもらったうえで判断してください。折り合いが付かないときは、消費者庁が案内している消費生活相談の窓口が使えます。
サインの前に見ておく欄
以上を踏まえると、注文書に向き合うときの確認先は次のように整理できます。いずれも一次情報で裏が取れている項目だけを並べました。
| 確認する場所 | 見るもの | 根拠 |
|---|---|---|
| 注文書の裏(契約条項) | 契約の成立時期。現金一括購入とローン利用で異なる | 自動車公正取引協議会「契約にあたって」 |
| 注文書の裏(契約条項) | キャンセル料の定め。額と、どの時期に発生するか | 自動車公正取引協議会「契約にあたって」 |
| 注文書の表 | 見積書の内容と注文内容が一致しているか | 自動車公正取引協議会「契約にあたって」 |
| 見積書 | 不要な付属品が入っていないか、付属品の金額は正しいか | 自動車公正取引協議会「商談にあたって」 |
| 見積書 | 付帯費用の金額。ここでしっかり確認するよう促されている | 自動車公正取引協議会「商談にあたって」 |
| 見積書 | 納車費用。販売店が指定する場所まで届けた場合に請求する費用で、自分で取りに行けば不要 | 自動車公正取引協議会「付帯費用について」 |
| 手続き | 署名・捺印の前に持ち帰って最終チェックを行い、終わったら控えを受け取る | 自動車公正取引協議会「契約にあたって」 |
最後の納車費用は、交渉の話と直結します。同協議会は納車費用を「販売店が注文者の依頼によって、指定する場所まで車両を届けた場合に請求する費用」と説明しており、自分で取りに行けば不要としています。額が法律で決まっている費目と、依頼の有無で生じる費目は、見積書の上では隣り合って並んでいます。どれが前者でどれが後者かは車の購入費用の内訳で支払先ごとに分けているので、見積書を手元に置いて読み合わせてみてください。
必要書類にも下取りの有無が効きます。同協議会が挙げているのは、委任状、車庫証明、印鑑証明書(発行後3か月以内)で、委任状と印鑑証明書は下取り車がある場合に2通、加えて下取り車があるときは譲渡証明書も必要とされています。下取りに出すか買取に出すかで手続きの担い手が変わる点は車を売るなら買取と下取りどっち?にまとめました。初めて車を買う場合の全体像は初めての車の買い方から辿れます。
この記事のまとめ
新車の契約について、条文で確かめられたことは3つです。
- 店頭での契約は訪問販売に当たらず、訪問販売に当たる場合でも自動車は第26条第4項第1号と施行令第14条で第9条の対象から外れている。8日間の撤回権は使えません
- 引き返せなくなる境目は、法律の日数ではなく約款が定める契約の成立時期。現金一括とローンで異なるため、注文書の裏で確認する
- 解約金には上限の決め方があり、平均的な損害の額を超える部分は無効。算定の根拠の概要は説明を求められます
クーリング・オフが無いことは、裏返せば、時間をかけて条件を詰めることが前提の買い物だという意味でもあります。見積りを持ち帰る1日は、制度が用意してくれない再考期間の代わりです。署名の前に、注文書の裏をもう一度読んでください。